日本とマルタの関わり

 最初にマルタを訪れた日本人は1861年に幕府の使節団で、ヨーロッパへの途上マルタに寄港しており、その中に福沢諭吉がいた可能性があるそうです。

 昭和天皇が皇太子時代の1921年欧州ご旅行の途中マルタを訪問されました。
  この時記念植樹された木がサン・アントン・ガーデン公園に茂っています。

 マルタには第一次大戦で戦死した日本海軍将兵の墓があります
当時マルタ島はドイツのUボートに海上封鎖されて物資が不足していました。英国と同盟国にあった日本は巡洋艦「明石」を旗艦とし8艘の艦隊を出動させ、英国艦隊を援護し、またUボートと戦闘しました。1917年6月駆逐艦「榊」は敵の魚雷攻撃にあい大損傷を負い59名が戦死しました。
カルカラのカプチン共同墓地の一隅にその墓碑があり、今でもマルタ人は感謝を込めて、勇敢な日本海軍兵士の栄誉を讃えています


                

 1971年に「日本さくらの会」が友好親善として1000本」の桜の苗木と銅製の五重塔を寄贈しました。
  

 1991年 マルタで”ジャパン・ウイーク”開催。

 1994年 東京でマルタ物産展開催

 1997年 マルタで「ジャパン・フェスティバル」開催。

☆ 2
002年 マルタのジャーナリスト、チャールス・ミッチィ氏が沖縄を訪問し、政治的物理的状 況が類似している沖縄に対して今後マルタとの連携を訴えました